和食のルールに立ち返ることで健康を取り戻す
小西史子 / 女子栄養大学 教授
一汁三菜に五味五色五法。日本には本来、健康的で素晴らしい食文化があるんです。
痩せ体型への憧れと調理技術の低下が招く危機
女子栄養大学で教授を務める小西さんは、若い女性を中心とした「痩せ志向」に、危機感を覚えている。
国民健康・栄養調査(平成二九年度)では、20歳代女性の21.7%、約5人に1人が痩せであると報告されている。
「現代の若い女性は痩せ志向が強く、痩せ志向が強い場合、食事を制限することが多いので問題です。食事を減らすと身体に必要なエネルギーや栄養素が不足して、立ちくらみがする、だるいなど、体の調子が悪くなりやすいです。また、痩せの女性は、将来、骨粗しょう症にもなりやすいのです」
さらに、栄養不足のままでいると、将来妊娠して無事に出産ができたとしても、懸念が残るという。
「栄養が足りていないと、無事出産できたとしても低体重児を産む可能性があります。低体重児は、成長過程でさまざまなリスクにさらされやすいのです。肥満や糖尿病などの生活習慣病になりやすいのですよ」
加えて現代の子供は、部活や塾通いなどで忙しく、家庭で食事づくりを手伝ったり、親が料理をする姿を見たりする機会が減っている。それが、子供が大きくなってから営む食生活に少なからず影響するのだという。
「子供の模範は親です。今は、家庭で親が料理をしているところを見る機会が少なくなっていますね。その原因の一つに、外食や中食の利用が増えて、家庭で食材から料理をして食事をつくることが少なくなってきたということもあります。ですから、子供たちが調理をする技術を家庭で身につけることが難しくなっているんです。」
調理技術の低下と共に、心配は子供の食生活にも及ぶ。
「子供は食卓で出されていた食事が、その後の食生活の基本になることが多いのではないでしょうか。両親のつくる料理が栄養バランスの取れているものであればよいのですが、そうでなかった場合はやはり不安があります。子供たちが大人になったとき、バランスのよい食生活を営むことができるかどうか、とても心配しています」
一汁三菜や五味五色五法を用いることで健康に
痩せ体型への憧れや家庭環境によって変化している日本の食文化。私たちが健康を取り戻すためには、日々の食事をどう改めていけばいいのだろうか。
小西さんは「バランスの取れた献立を情報として提供していく必要がある」と前置きした上で、古くから日本にある食文化のことを教えてくれた。
「和食には一汁三菜という献立形式があります。これは栄養バランスのよい食べ方で、小学校から高等学校まで、皆が家庭科で学ぶことになっています。一汁三菜の献立では、香りに彩り、味の組み合わせを大切にしています。こういったご飯に汁、主菜、副菜が揃った食事を最低でも一日一食、食べてほしいですね」
古くから日本に伝わる和食の基本は、一汁三菜の他にもある。それが「五味・五色・五法(ごみごしょくごほう)」だ。
五味とは甘味、酸味、塩味、苦味、辛味の5つの味。五色とは白、赤、黄、緑、黒の5つの色の食材。五法は切る、焼く、煮る、揚げる、蒸す。このような要素を兼ね備えた料理が健康に近付くヒントとなる。
「五味五色は、栄養バランスを考える上で大切な要素です。特に、和食でよく使われる海苔や海藻、黒豆、黒ごまといった黒い食材は、高い抗酸化性を持つことで知られています。これらは不足しがちなカルシウムや鉄、マグネシウムなどを多く含んでいるのです」
これからは単身世帯がどんどん増えていくと言われるが、一人暮らしでは、一汁三菜の食事を自分のためにバランスよく作るのはとても難しくなる。
「そんなとき、たとえ一皿料理でも、5色揃っているかな?と考えつつ彩りよく食べる工夫をすることを是非お勧めしたいです」
さらに、和食には、大切な食材を無駄なく使うという考えが根本にあるという。
「例えば、大根1本、根はもちろん皮も葉も漬物や干物などにして使い切る。焼き魚も骨は骨湯にして頂く。イカやアワビや鰹など魚介類の内臓も無駄なく食べる、といった具合です。現在の豊かな食生活がこれからも続くという保証はどこにもありません。むしろ、これから食べ物が不足するだろうと警告する人もいます。ですから今こそ、食べ物を無駄にしない、大切に食べるという和食の基本に立ち返る必要があると思います。
自然の恵みを享受していた幼少期
一汁三菜や五味五色五法など、本来の和食の考え方を取り戻すことが大切だとする小西さん。どのような経験がその考えを形作ったのだろうか。
幼い頃、家では鶏やヤギを飼い、野菜や果物を育てながら暮らしていたという。食卓には日本海で獲れた魚や有機野菜が並んでいた。そうした新鮮な食材を味わうことが、小西さんの食に関する原体験だった。
「飼っていた鶏が産んだ卵を、毎日のようにいただいていました。やがて卵を産まなくなると、父は鶏をさばき、腹を開いて解剖実習のようにそれぞれの内臓の機能を説明してくれましたね。
さばいた鶏を母が調理したささみのすまし汁は、最高のご馳走でした。放し飼いの鶏を使うと、おいしい出汁が取れたんです」
両親と共に小西さんの食の価値観を育てたのが、「食材を大切に扱うことを教えてくれた」という祖母の存在だ。
「祖母は、端午の節句には熊笹と米でちまきを作り、畑で育てた露地イチゴを食べさせ、今ではあまり食べなくなった小豆ご飯、麦ご飯などをよく作ってくれました」
そこには、行事食や旬を大切にすること、米に麦や小豆を入れることで、当時足りなかった米を大切に食べることなどの教えが含まれていたという。
「振り返ってみると、その土地で取れるものを工夫しながら食べ、気候風土に合わせて自然と共に暮らすという日本人特有の暮らし方を教えられたように思います。元来、日本人は花見、お月見、紅葉狩りというように四季折々の自然をめでて和歌や俳句を作り、それとともに和菓子や行事食も作って自然と共に暮らしてきました。このような、自然と共生する暮らし方や食べ方を見直すことも大切だ、ということを皆さんに伝えられたらと思います」
■プロフィール
小西史子(こにし ふみこ) 1979年にお茶の水女子大学家政学部食物学科を卒業。その後1984年、東京大学医学系大学院にて博士課程を修了する。現在は女子栄養大学の栄養学部で教授を務め、調理学を指導している。著書に「50からのいたわりレシピ」や「ウィズエイジングの健康科学」など
取材日/2019年3月