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二拠点生活でつなぐ、自分らしい健康の見つけ方
自分の心身を整えるために必要な食事は、人それぞれ違うんです。「自分に合う健康は、自分自身で手探りで探していくしかない」というのが、私の基本的な考え方です。私自身は、自分が自分らしく生きるための場所を、偶然、地方で見つけました。私のお話が、誰かにとっての「トトノイ飯(=不健康な生活をリセットするための食事)」を見つけるヒントのひとつになれば、うれしいと思っています。
「なんでもある便利さよりも、適度な不便さ」が私には合っていた
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管理栄養士として、世界で活躍するトップアスリートの専属栄養士やビジネスパーソンのパフォーマンス向上、健康経営のコンサルティング、また「食文化×栄養学」をコンセプトにした地域創生も展開してきた、石松佑梨さん。
現在は福島県郡山市に移住し、仕事の際には東京と行き来をする二拠点生活を送っている。郡山で生活をするようになってから、「今までずっと息苦しさを感じていたことに気づいた」という。
「28歳で上京してから仕事の機会に恵まれてきましたが、30代後半の頃は、色々なことに疲れていました。コロナ禍でリモートワークが可能になってからは海外か地方に移住しようかと考えていたところ、夫の転勤というご縁で郡山に引っ越すことに。
東京のようになんでも手に入る環境は、一見すると豊かさの象徴に思えます。しかし、郡山市へ移住し、ほどよく便利でほどよく不便な暮らしをすることで、むしろ心身が整い、より深い豊かさを実感できるようになりました。
都会では、便利さゆえに『選択の多さ』に振り回されがちです。食事ひとつとっても、24時間営業のお店があり、アプリひとつで何でも注文できます。しかし、その便利さがかえって時間やエネルギーを奪い、常に刺激を求める生活になりがちです。一方で、郡山の暮らしでは、欲しいものがすぐには手に入らないこともありますが、その分、シンプルな選択をすることで迷いが減り、生活のリズムが整っていきました。
また、都会では無意識に情報の洪水にさらされ、気づかぬうちに心が疲れてしまうことがあります。郡山の生活では、自然に触れる機会が増え、自分の内側と向き合う時間が持てることで、精神的にも落ち着きを感じやすくなりました。
都会の『なんでもある』便利さよりも、適度な不便さの中で生活リズムを整え、自分に必要なものを見極めることで、本当の豊かさを実感できたのかもしれません」
二拠点生活で、「食の原点」に対する想いを深めた
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石松さんは地方暮らしならではの食環境について、こう語る。
「地元で採れた旬の野菜は新鮮でおいしく、栄養価も高い。収穫してすぐに食卓に届くため、ビタミンやミネラルが豊富に含まれた状態で摂取できます。また、輸送コストや保存のためのエネルギーを抑えられるため、環境負荷の軽減にもつながります。
地元の風土で育った食材には、その土地の気候や環境に適した力が宿っています。旬の野菜を味わうことで、四季の移り変わりを実感できるのも魅力のひとつです。
地産地消を意識することは、健康だけでなく、地域経済の活性化や環境保全にもつながります。身近な食材を見直すことで、より豊かで持続可能な暮らしを実現できるのではないでしょうか」
石松さんは郡山の暮らしの中で、もともと自身の中で大切にしていた「健康のために、食の原点に戻ること」への想いを深めたという。
「専属栄養士として選手たちの健康に向き合っていた時から、自分の遺伝的要素や、その土地の歴史や文化などを探り、先人たちがどう過ごしてきたのかを探ることが大切だと考えていました。
たとえば、海外出身の選手をサポートしていた時は、日本の栄養学を当てはめる前に、選手の出身国・出身地の伝統的な料理や歴史を調べていくことを大切にしていました。逆に、海外で活躍する日本人選手のサポートをする場合は、所属するチームのある国の歴史や文化を学ぶことで、彼らの『整い』のヒントがあると思っていました。
伝統的な知恵は、その土地の環境や気候に適応してきた人々の経験に基づき、世代を超えて受け継がれてきたもの。体を温める・冷やすなどといった食べ物の持つ性質を大切にし、季節や自分の体質に合わせて食材を使い分けるという包括的な考え方の中に、現代科学ではまだ解明されていない健康のヒントが含まれていると思っています」
旬の食材も食の原点だと考えるのは、旬の食材が持つものこそ、自分の体がちょうど必要としているものだと考えるから。
「植物も私たちも同じ環境に生きていて、その土地で育つのに必要な栄養を私たちも必要としている。私たちが体内で生成できないものを同じ環境で育った野菜が持っている可能性があり、季節のものを食べることがそのまま食養生になる。そういうシンプルな考え方なんです」
地方と都市、それぞれ異なる健康課題
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新鮮な食材に恵まれている一方で、地方には都心とは違った健康課題があると石松さんは指摘する。
「地方では、都市部に比べて健康に関する優先順位が低くなりがちな傾向があると感じています。特に私たちの親世代では、その傾向が顕著かもしれません。実際、福島県の肥満度は女性(40〜69歳)で全国1位、男性(20〜69歳)では2位。また別の調査でも、福島県民の肥満対策への意識が低く、運動習慣が少ない傾向があることが指摘されています」
その背景には、食生活や健康に関する意識の違いがあるのではないかと石松さんは考えている。
「たとえば、東京では忙しさから栄養が偏りがちになる分、自分の体に良いものを積極的に選ぼうとする人が多い印象です。一方で、地方では自然に食材が手に入りやすい分、あえて健康について深く考える機会が少なくなるのかもしれません。また、冬の寒さや雪の多さ、車社会の影響で運動不足になりやすい環境も、肥満や生活習慣病の増加に寄与している可能性があります」
こうしたデータをもとに、どのように情報を伝え、健康意識を高めるかが大きな課題だと石松さんは感じているという。
<データ引用元>
あすけん:https://column.asken.jp/purpose/purpose-14223/
アンファー:https://www.angfa.jp/news/?p=2736
また、健康の大切さを伝えるためには、シンプルに伝えることが重要だと語る。
「私は『トトノイ飯(=不健康な生活をリセットするための食事)』を提唱しています。健康的な食事はそんなに難しく考える必要はなくて、無意識のうちに糖質過多になってしまう現代のご飯に、タンパク質と野菜を組み合わせるようなことで十分。たとえば、素うどんを肉わかめうどんにしたり、忙しくてコンビニおにぎりを食べる時には、豚汁をプラスしてみたり」
石松さんはトトノイ飯を、「地元の飲食店の看板メニューとして提供してもらえるようにしたい」という。
「これは私が携わった東京のまちづくりプロジェクトのアイデアなのですが、社員食堂は食事の提供だけではなく、社員の健康を向上させる存在と捉えることができます。だから地方の飲食店には、その土地の人たちの健康を担う、“社員食堂”になってもらえたら最高ですよね。そのまちづくりプロジェクトに携わった経験を通して、そういった考え方を地方にも広げていけたらよいなと感じていました。おいしい食事を通して、健康になれることを伝えるための環境がたくさんできたらいいなと思います」
子どもたちの未来のために、絵本を通じて食育していきたい
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石松さんは、「地方の健康意識を高めるためには、若い世代への積極的なアプローチが必要」だという。
「まずは“社員食堂”などの場所で、食事を通じて体調を整えられることを、若い世代に学んでもらえる環境をつくりたいと思っています。
健康食への優先順位が低い世代には、タンパク質を摂ることの大切さを訴求したいのですが、すぐに理解してもらおうとしても、なかなか難しいところもあると思っています。だから、10代や20代の子たちから、その親世代、祖父母世代に伝わっていくといいなって考えているんです」
「今後は、子どもたちのための食育に、さらに力を入れていきたい」と話す。
「現代の子育て世代は共働きが増え、多忙な日々を送っています。そのため、中食や外食が日常化し、子どもの食育に十分に向き合う時間が取れないのではないかと考えられます。
特に都市部では、地方のような新鮮な野菜が手に入りにくく、手間をかけて調理しないとおいしさを引き出しにくい状況です。しかし、忙しさからその手間をかける時間がないため、中食や冷凍食品に頼る傾向が強まり、これが負のスパイラルを生んでいるのかもしれません。
忙しい現代人にとって、地元の新鮮な食材を活用することは、手間をかけずにおいしく健康的な食事を手に入れる最強の手段です」
また、石松さんは、現代の子どもたちに食の大切さを伝えていくために「食育絵本」の制作を進めている。
「郡山でも、八百屋さんで絵本の読み聞かせ会が行われたりしているので、子育て世代にはそういった食育の活動が求められているのかなと感じています。
私が制作している絵本のターゲットは、甥っ子。両親が忙しく働いている今時の子どもなので、その子に食の大切さを伝えられたら、世の中をもっと変えられるんじゃないかなと思って取り組んでいるところなんです」
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石松 佑梨(いしまつ ゆり)
大学卒業後、医療・福祉などウェルネス分野の管理栄養士を経て独立。世界で活躍するトップアスリートの専属管理栄養士として、選手のパフォーマンスアップに貢献する一方、次代を担うジュニアアスリートに向けた食育にも力を入れている。近年はトップアスリートの食トレメソッドをソーシャルメディア向けにリデザインした「トトノイ飯」を発信し、ビジネスパーソンのパフォーマンス向上や健康経営のコンサルティング、また「食文化×栄養学」をコンセプトにした地域創生も展開する。20年以上の管理栄養士経験で、のべ2万人以上のあらゆる世代・ニーズに対してパーソナルなコンディショニングを提供している。著書に、『過去最高のコンディションが続く最強のパーソナルカレー』(かんき出版)がある。