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地方の食を活かした観光が日本の未来を豊かにする

日本各地の飲食店や生産地を訪ね、「地方には、その土地でしか味わえないおいしさがある」と気づいた。その魅力を世界に発信し、食を楽しみながら旅をする“ガストロノミーツーリズム”を盛り上げることが、日本の未来を豊かにすると思っています。


地方活性化には、食を活かすのが一番いい

グルメガイド『東京いい店うまい店』(文藝春秋)の編集長を務めるなど、長年に渡り「食」に関する取材を行ってきた柏原光太郎さん。

2018年には“食べ歩き”だけでない新しい食の楽しみ方を提案する「一般社団法人日本ガストロノミー協会」を設立し、2023年には地方の食の豊かさを首都圏の人々に知ってもらい、関係人口の創出を図る、ツアー形式のカルチャースクール「食の熱中小学校」校長も務めている。
 
それらの取り組みを通じて、地方とのつながりを深めてきた柏原さん。2023年に文藝春秋を退職して以降も、全国のシェフや生産者、地方自治体と日常的に関わり、時には悩み相談も受けながら、食の楽しみを幅広く提供する活動と並行して「地方創生」に取り組んでいる。

「どうすれば地方を活気づけられるのか、試行錯誤してきました。そして気づいたのが『地方活性化には、食を活かすのが一番』ということです」

柏原さんは、「東京は世界中から一流の食材が集まる場所」としながらも、「地方には、東京に対して圧倒的に勝っているものがある」と話す。

「それはたとえば、名前が付かないような規格外の小さな魚だったり、25cm以下の市場に出回らないサイズのズッキーニだったりします。そういう食材をどう食べるとおいしいのか、地方のシェフは知っているのです」

取材などの活動を通じ、「地方にしかない食材」を求めて移住を決断するシェフにも数多く出会ってきた。

「京都府京丹後市の有名日本料理店『魚菜料理 縄屋』のシェフ・吉岡幸宣さんは京丹後出身で、高校卒業に京都市内の料亭『和久傳』で修行しました。そこで自分が生まれ育った京丹後の魚のおいしさに改めて気づき、Uターン移住をしたそうです。地方にしかない“尖った”食材を使いたいと考えているシェフや、彼らを支える生産者がいることが地方の魅力だと思います」

さらに山形県庄内地方の食材を使ったイタリアン『アル・ケッチァーノ』のシェフ・奥田政行さん、北海道十勝地区でジビエ肉の狩猟、処理加工、卸販売までを一気通貫で担う体制を構築し、レストラン事業も行っている(株)ELEZOの佐々木章太さん、長崎県雲仙市で在来種野菜を種から育てる農業に取り組む岩崎政利さんなど、食で地方を盛り立てようとする人々が同時代的に出現している。

「そのことが、複合的で豊かな日本の食の魅力につながっています。また、2000年代以降インターネットの進化によって情報が伝わりやすくなり、地方でがんばっている人たちのところに訪れる客が増えたことも、経済的にしっかりと潤う環境につながっていると思います」

日本のガストロノミーツーリズムに必要なもの


飲食業界の動向をFacebookやnoteなどSNSを通じて日々発信するだけでなく、日本のインバウンドを俯瞰した視点での地方活性化についても、メディアや自身の書籍などを通じて言及してきた。柏原さんは、「地方の食は日本全体を活性化する“最強のコンテンツ”だ」と話す。

「昨今、日本の経済的な位置づけが低下していると言われます。しかし食に関しては、日本が世界でトップクラスであることは間違いありません。なぜなら、コロナ禍で旅行ができなかった時期に日本政策投資銀行と日本交通公社が共同で『コロナが終わったらどこの国に行きたいか』と世界中で調査したところ、アジア・欧米豪の中で日本がトップだったのです。その理由は、『おいしいものが食べたいから』だといいます。

かつて日本が世界で優位に立てるコンテンツは、自動車や半導体といわれていました。でも今の訪日旅行客は日本の食にすごく興味を持っている。これを活用しない手はないと考えます」

近年、その土地の歴史や気候風土が育んだ食文化を楽しむために旅行する「ガストロノミーツーリズム」への関心が、世界中で高まっている。日本には魅力的な食文化がある一方で、それをストレスなく堪能できる環境が整っていない。「訪日外国人客を迎えるための交通手段と宿泊施設に課題がある」と柏原さんは指摘する。

「特に地方では、空港や鉄道の駅から観光地までをつなぐ二次交通の充実が遅れています。地方のおいしいお店の多くはロードサイドにあるためタクシーが必須ですが、運転手に英語が通じないことが多い。そもそも夜の8時以降はタクシーが稼働していない地域もあります。

さらに、店に辿り着いたとしても客の多くが車で来るためアルコールリストを置いていないことが多いんです。福井県などの地酒がおいしいところでも、ある名店では2種類しか置いていませんでした」

宿泊施設に関してはベッドが小さかったり、和式トイレだったりと外国人仕様になっていないことが多く、日本を初めて訪れる外国人にとってはネックになっている。特に外国人は一緒に同じ風呂に入ることに抵抗感を感じる人が多い。そういったハード面だけでなくコミュニケーションなどソフトな面でも、海外と日本では求められるものが違っているという。

「日本の“おもてなし”は受動的なものですが、海外の人はもっと能動的なサービスを求めています。日本での成功例を挙げると、イタリア人旅行客4名のグループから『世界遺産に登録されている熊野古道をバイクで周りたいから、大型バイクのハーレーダビッドソンを4台用意してほしい』と要望があったそうです」

そのようなサービスの前例はなかったが、世界中から手配して何とか4台購入し提供した。その結果、旅行者たちは2週間バイクの旅を大いに楽しみ、サービス側は代金に加え、バイクをリセールすることで十分な利益を得たという。

予め用意されたサービスを提供するだけではなく、柔軟な発想で積極的にプレゼンしていくことが重要だと思います」

地方の食で日本全体を豊かに

地方の食が秘める大きな可能性を解放するために、一体何から考え始めればいいのだろうか。

「レストラン事業で地方創生を行っている(株)バルニバービの佐藤裕久会長は、地方には3つの“くつ”があると指摘していました。それは、『うちの町にはユニクロやマクドナルドがない』といった退屈さ。『どうせうちは田舎だから』と考えてしまう卑屈さ。そして、『何か新しいことを始めようとするといろいろと噂されてしまうんじゃないか』と不安を感じる窮屈さ。それらを解放してあげれば楽しくなると仰っていましたが、その通りだと思います」

柏原さんは、その解決のためには「エコひいき」が必要だと考えている。

地方自治体の最大の課題は、多方面に気を配るあまり予算を分散してしまうことです。しかし、予算を集中させて成功している自治体があります。北海道の余市はワイン生産者を支援することで観光客の満足度が上がり、リピーターも増えたため、ウィスキーの町からワインの町へと変貌を遂げようとしています。
 
富山県では、新田八朗知事が県内のベンチャー企業など、若者たちの取り組みを意図的に支援しています。自治体が責任を持ってエコひいきすることで、地方はもっと面白くなっていくのではないかと思います」
 
柏原さんとしては今後も、余市や富山の事例のように、地方で起こっている新しい動きを伝えていく意向だ。
 
地方にある最高のコンテンツは食と絶景だと考えており、それをもっと効果的に使っていくことが地方にある3つのクツを解放すると思っています。『マクドナルドはないかもしれないけど、こんなに素晴らしい景色がある』といったポジティブな視点を持つことが、人を呼び込むことにつながるはず。
 
今後も地方のユニークな事象を発信しながら、『日本の地方には可能性が眠っているんだ』という話を特に地方の若い世代を中心にしていきたいと思っています」
 
柏原さんがこのように考えるのは、地方の人が地元の持っている魅力的なコンテンツに気づいていないことが多いからだ。

「北海道ニセコ町は、パウダースノーというコンテンツを発見したことで、今や大人気のスキーリゾートとなりました。それを見つけたのは外資系企業でした。日本人にはその素晴らしさが分からなかったわけです。

パウダースノーに限らず、地方にはまだ発見されていない絶景や食の魅力があります。そういうひらめきを地元の人が得るためには、外に出て客観的な視点を持つことが必要だと思います」
 
日本の食文化に興味を持つ訪日旅行客の中でも、富裕層にその魅力を伝えることが特に重要だと柏原さんは考えている。

「これから日本国内の消費額が落ち込む傾向にある中で、インバウンドによる消費額を上げることが重要になっていきます。世界には“フーディ”と呼ばれる、一回の旅行で食に300万円から500万円も使う旅行者たちがいます。彼らを積極的に誘致することが大切だと思います。

ただ現実には、2024年に年間3,300万人を超えるといわれる訪日旅行者の7割は、東京、大阪、京都、福岡、北海道などの主要都市にしか行っていません。逆に言えば、地方のインバウンド観光の伸びしろはまだまだ大きいんです。世界のフーディを地方の観光に呼び込むことで、経済が活性化し、日本全体が豊かになっていく

そのためにはまず日本に興味を持っている海外の旅行者に、食を通して地方の魅力を発信することが大切だと思います。彼らが何度も日本を訪れるようになることで、東京や大阪だけではなく、次は金沢や富山、鶴岡、三重など地方の食文化の豊かさが伝わっていくのではないでしょうか」

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社文藝春秋に入社。「週刊文春」「文藝春秋」「オール読物」編集部を経て「文春文庫」編集長、デジタル戦略事業局長、新規事業開発局長を歴任し、食のEC「文春マルシェ」の立ち上げを行い、チーフプロデューサーを務める。グルメガイド「東京いい店うまい店」元編集長。2018年、一般社団法人日本ガストロノミー協会を設立、会長に就任。ほかに食のカルチャースクール「食の熱中小学校」校長を務める。著書に『東京いい店はやる店:バブル前夜からコロナ後まで 』(新潮新書)、『「フーディー」が日本を再生する! ニッポン美食立国論 ――時代はガストロノミーツーリズム――』(講談社)がある。

取材日2024年7月18日(木)