「おいしい」で、国境を越え世界中に笑顔を届けたい
食卓を囲むことは愛を分かち合うこと。「おいしいね」とほほえみ合えば、国境や言葉の壁がフラットになり、みんながひとつになれるんです。
食卓を囲むことは、愛を分かち合うこと
福岡・薬院のメニューのない料理屋「wagamama(わがまま)」の開業を始め、国内外を飛び回りながら企業のレシピ開発を手掛けるなど、”楽膳家”として幅広い活動を行ってきた塩山舞さん。料理をするようになったのは、19歳の時に亡くなった母の影響だ。
「実家は呉服屋で、常にたくさんの人で賑わっていました。母はいつも食卓いっぱいに料理を振る舞い、大勢で食事をするのが当たり前だったんです。その影響で、私も友人に料理を振る舞うのが大好きになりました」
塩山さんは2017年、結婚を機にニューヨークに移住。現地でもたくさんの人と食卓を囲む機会を楽しんでいるという。
「インド、韓国、ヨーロッパ、アメリカなど、様々な人種の人たちが料理を持ち寄ることが多いです。あまり言葉が通じなくても『おいしいね』とほほえみ合えば、国境や言葉の壁がフラットになり、みんながひとつになれる。ニューヨークに来て、食卓を囲むことは愛を分かち合うことなんだと改めて思いました」
塩山さんにとって料理はコミュニケーションのひとつでもある。
「私は英語が完璧ではないのですが、温かいお味噌汁を出すだけでなんとなくお互いに気持ちが通じる瞬間があるんです。そんなときは料理をやってい
て本当によかったと感じますね」
塩山さんは2021年に東京・日本橋のカフェラウンジ『おむすびとせかいのごはん』をプロデュースし、2023年10月、ニューヨークでおむすびをメインにした「Mai’s Kitchen」をオープンさせた。
「ニューヨークでは、ライスボールの人気が高まっていると感じたんです。スーパーマーケットやコンビニなど、どこでもおむすびを買うことができるし、いろいろな人種の方から『おむすび大好き』と聞くことが増えています」
店頭には、伝統的な塩鮭おむすびだけでなく、椎茸が丸ごと乗ったおむすびなどバラエティに富んだラインナップが並ぶ。
「昔から誰かの喜ぶ顔が見たい、自分自身がワクワクしたいという気持ちが根底にあります。呉服屋で育ったので色彩豊かなものが好きで、盛り付けの工程がすっごく楽しい。見るだけで元気になる料理を意識しています」
ツナマヨおむすびにピスタチオを砕いて入れるなど、塩山さんが渡米して出会った食文化と日本のおむすびを融合しながら進化させている。それは同時に、日本のおむすびに馴染みがない人たちに親しんでもらうための配慮にもなっている。
「こちらの人は新しいもの、美しいものが大好き。初めての味付けでも、すごく豊かなリアクションをしてくれます。おいしいと感じたら、翌日も『あのおむすびはある?』と話しかけてくれたり。素直な反応がすごく面白いですね」
食を楽しむためのグルテンフリー
おむすびを購入する人々から、「おむすびってグルテンフリー?」と聞かれることが多いと塩山さんは話す。
「お米はもちろん、小麦粉を使っていないグルテンフリーの醤油を選んでいると説明すると、すごく喜んでくれますね。グルテンに対して意識の高いお客様が『ここは安心して食べられるお店だよ』と、同じ考えを持つお客様を連れてきてくれたりします」
日本ではまだ馴染みが薄いが、グルテンフリーを選ぶことはアメリカでは当たり前の選択肢のひとつだ。
「宗教や文化が異なるように、グルテンを食べられない人、食べたくない人がいるのが当然とされています。日本では特定の食材を避ける人は“わがまま”と見なされることもあるかと思いますが、私としてはもっとわがままに食を楽しんでもらいたいと思っているんです。アメリカではグルテンフリーは特別なことではなく、健康的な食事の選択肢のひとつ。アレルギーでなくとも、『グルテンを摂りすぎて体調がよくないから、今日は少し控えよう』と選択するのは日常的なことなんです」
食品売り場には、パンケーキからパスタなど多様なグルテンフリーの選択肢がある。しかし塩山さんは、グルテンフリー食品にはまだ伸びしろがあるのではと感じているという。
「グルテンフリーを選ぶ人たちは、あまりおいしくない商品でも『グルテンフリーだし仕方がないよね』と諦めている印象があります。私自身、グルテンフリーのレシピ開発をしたことがあるので商品開発の大変さは分かっていますが、改善の余地はあるのではないかと思うんです。日本ではまだグルテンフリーの商品は多くないですが、日本人のおいしさに対する研究意識の高さが発揮されれば、グルテンフリー市場はもっと面白くなるのではないかと思っています」
You are what you eat. (体は食べるものでできている)
ニューヨークに移住し、出産を経たことで、「健康や地球環境への意識が大きく変化した」と塩山さん。アメリカには「You are what you eat.(体は食べるものでできている)」ということわざがあり、特にニューヨークの人々は、健康や環境問題に対する意識が高い。
「お客様の中にはテイクアウトのお味噌汁を買いにきてくれるとき、『ゴミを出したくないから』と器を持ってきてくれる方もいるんです。今では私も、簡易パッケージの中でもプラスチックより紙の包装を選ぶし、地産地消を意識して、より地元に近いところで生産された食材を選ぶようにしています」
ニューヨークでは今後も、日本食を楽しくアレンジしながら提供していき、さらには「食を通した学び」も伝えていきたいと考えている。
「アメリカでは、シリアルなどで食事を簡単に済ませることが美徳とされて
いる部分があります。学校でのお昼ご飯も、パンにピーナッツバターを塗っただけのものを毎日食べている子どもが珍しくない。
そこで私は自分の子どもに、カリッと焼いたパンにマヨネーズを敷いて薄いハムときゅうりを乗せたサンドイッチを持たせてみたのですが、次の日には学校の子どもたちが私に何か食べさせて、とワクワクした様子で言ってくることがあって。自分自身が料理を楽しみながら、子どもたちにも手をかけた料理のありがたさやおいしさを味わうことの喜びを知ってもらいたいと思っているんです」
塩山さんはニューヨークで、子どもたちと一緒に団子汁をつくるイベントも開催。子どもたちはみんなで団子づくりを楽しみ、できあがった料理を喜んで食べていたという。
「日本では、学校で芋掘り体験や調理実習をしたり、食を通じて学びを得る機会が多いですよね。アメリカではそれが少ないので、収穫や料理など食べるまでの過程を楽しむことや、世の中にはいろいろなおいしいごはんがあることを、子どもたちにもっと伝えていきたいと思っています」