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洗練されたおいしさは、生産者のやさしさで成り立つ

松本進也 / 京都「室町和久傳」料理長

素材が生み出されるまでの生産者の苦労を知り、食の安全に対する思いを伝えることで、お客様のおいしさの感じ方が変わるのだと思います。

いい素材に出会うために時間をかける

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京都市中京区にある「室町和久傳」。老舗料亭「和久傳」の旬の素材を活かした、シンプルで繊細な味を楽しむことができる。

料理長の松本進也さんは、東京の和食店で修行した経験を持つ。その後、和久傳で修行を始めた頃、それまでの常識が覆される体験をしたそうだ。

「余計な味付けをするなと言われました。例えば『大根の煮物は炊いてから一晩味を含ませるのがおいしい』というのが、それまでの常識でした。しかし和久傳では、朝採れた大根を炊いて、その日の夕方にはお客様にお出しします」

「手抜きなのではないのかと思いました(笑)」と、最初は納得ができなかったそうだが、料理長に頼んで実際に大根の煮物を食べさせてもらうと、驚きを覚えた。

お出汁のほんのりとした塩気で大根の甘さが最大限に増幅され、食べた瞬間口の中で溶けていくようでした。『これが京料理なんだ』と衝撃を受けました

素材の旨味と、それに含ませる味が、手をつなぎあうこと。松本さんはそれが、野菜の本来持っている味を表現することだと考えるようになった。

「そこまで考えると、ではどうすればこんな野菜がつくれるのか、生産者さんに話を聞きたくなりました

どんなこだわりから、その素材が生まれたのか。生産者の話を聞き、他の素材と比較したり、様々な調理法を試しながら、吟味を重ねる。

「和久傳では、料理に時間をかけることも大切だが、食材を選ぶまでにどれだけ時間をかけるかがもっとも大切だと、伝えられています

生産者の思いを知ると、「自然とそれをお客様に伝えたくなる」と松本さんは話す。

「当店はカウンター越しにお客様に会話を楽しんでいただきながら、料理をお出しします。その時、くどくならない程度に生産者さんのお話を伝えるようにしているんです。どういった努力から生まれた素材なのか、知っていただいてから召し上がっていただくと、おいしさの感じ方が変わると思います」


素材の温かみを尊重する、洗練された野趣

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徹底した素材へのこだわりは、和久傳が創業された京丹後から、現在まで受け継がれてきた。

「和久傳は、京丹後という自然の恵み豊かな土地で創業されました。海産物や農産物そのものが備えている野趣と、京都の洗練を融合させた『洗練された野趣』に価値をおくことを、料理の修行を通して学ばせていただきました」

素材の野趣に価値をおくと、その扱い方にも一般的な日本料理との違いが現れる。

「里芋でいうと、六方むきにする時は、すべて同じ大きさ、同じ形に揃えるのが日本料理の職人の常識です。私自身、それが当然だと思って修行してきました」

しかし、和久傳では「それでは機械でやったようで味気ない」と言われる。

「芋にはいろいろな形があります。それを活かして、様々なむき方をするからこそ味がある。それが温かみだということを、初めて教わったんです」

素材の持つ温かみを尊重することは、素材を大切に扱うことにもつながっている。

「同じ大きさに揃えて切ると、どうしても皮を剥く面積が多くなるため、廃棄する部分が多くなってしまいます。素材の自然の趣を残しながら、最高の状態でお客様にお出しする。その大切さが脈々と受け継がれてきたのだと思います」

生産者の声を聞くこと、素材のよさ、料理、お店の内装やお客様への心配りなど、「学ぶことが尽きない」と松本さんは話す。

「追求すると限りがないのが和食の魅力。一生、修行が続いていくんだなと、うれしく思います」


素材の本質を学ぶ、まかない文化

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食材を大切にする精神性や技術は、修行時代から培われる。「まかない」の文化は、そこで重要な役割を果たしている。

「まかないのメインの食材は、野菜の皮やヘタ、魚の切れ端や頭の部分などの捨てられる部分なんです。しかし、生産者さんと深く関わっていると、簡単には捨てられません

そういった部分をいかにうまく料理するか、まかないは格好の修行の機会だ。

「普通なら切って捨ててしまうような部分は、実はすごく良い味が生まれることが多いんです。私なりに気がついたのは、契約農家さんのカブの皮は、すごく甘みがあっておいしいということ。筋がなくふわふわとして食べやすく、1ヶ月程干すと、切り干し大根のようになって、漬物やきんぴら風にして食べられます」

こだわり抜いて選んだ明石の鯛は、余った骨から「信じられないほど旨味のあるスープがとれる」という。

まかないとは、いかに限られた材料でおいしい料理を作るのか試す場になります。また、野菜の皮や魚の骨が、実は栄養価が高い部分であるとことや、素材本来の味を知るきっかけにもなります」

まかないから、お客様に喜ばれる料理が生まれることも多い。

「冬場には、鰤の尻尾の方の余った身と、カブを麹に漬け込んで発酵させ、北陸の郷土料理の『かぶら寿司』を作ることもあります。『余った鰤の身で作りました』と、説明を添えてお客様に出すと、とても喜んでいただけます。最後まで捨てずに料理としてお出しすることが、生産者さんへの一番の敬意の表し方なのではないかと考えています」


生産者さんへの尊敬の理由は「やさしさ」

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松本さんが生産者に強い尊敬の念を抱く最大の理由は、その「やさしさ」なのだという。

「和久傳は、無農薬栽培や有機栽培にこだわる生産者さんにお世話になっています。生産者さんが、より苦労の多い栽培方法にこだわるのは、ひとえに『安全な物を食べてもらいたい』という強い気持ち。それだけなんです」

無農薬や有機栽培は、近年その価値が認められているが、ほんの10年ほど前までは、経済的に苦しい思いをしている生産者が多かった。

「そんな中でも、いわば他人の食の安全を思いやるやさしさから、大変な苦労をして素材を提供してくださっています。農薬を使わない分、際限のない草取り作業や害虫対策など、並大抵では続けられない重労働をされているんですよ」

和久傳では生産者の気持ちを知るために、自社で米や野菜の栽培を行い、新人研修では1週間ほど農作業を体験する。

「田植えや稲刈りには、お客様を招いて体験していただくイベントも催します。私が個人的に、新人を連れて、お世話になっている農家さんや漁港にお手伝いにいくこともあります」

店で使われる素材が、どのような人達の手でどのように育まれ、どこから運ばれてくるのかを説明し、学ぶ機会をつくっている。

「お話を聞くだけでは、本当の苦労はわかりません。実際に目で見て、作業をやってみることで、初めてその大変さや、生産物の尊さに気づくことができます

素材そのものを大切にするという伝統を受け継ぎながら、松本さんは常に新しい素材との出会いを求め、新しい料理を探求している。

常に新たな挑戦をしながら、日本の食の安全を願う生産者さんの思いを、料理を介して届けられるようバトンを繋いでいきたいと思います」


■プロフィール

松本 進也(まつもと しんや)東京の和食料理店で修行し、和久傳へ。2012年から高台寺和久傳で料理長を務める。2018年4月から室町和久傳の料理長に就任。日本全国の生産者を訪ね、厳選した素材との出会いにこだわる。「洗練された野趣」を体現した京料理が高い評価を得ている。


取材日/2020年12月