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食のサステナビリティは未来を変える

秋山能久 / 銀座「六雁」料理長

食材に敬意を払って、食材と向き合いながら料理を作らせていただくということが、実はサステナビリティなことだと思うんです。

食材に敬意を払う

「自然の恵みである食材を通じて、料理人は日々自然と向き合っている」と言う秋山さん。そこには精進料理を学んだ厳しく衝撃的な修行経験が基本にある。

「僕は料理人になって今年で26年になります。初めに修業をした『割烹すずき』では、しっかりと日本料理の基礎を学ばせてもらい、お客さまとの向き合い方、料理とは、割烹とは、ということを追求する中で仕事をする喜びを感じることができました。そして10年が過ぎ、次のステージに選んだのは精進料理の世界でした。食材への敬意は『割烹すずき』でも感じていたことですが、精進料理を学んだことによって、より食材への感謝を体で感じ、人生観の一つとしてとらえるようになりましたね

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そもそも精進料理の修業を志したのは、もっと世界を知りたいと、イギリス・ロンドンやアメリカ・ニューヨークに旅をしたことがきっかけだった。

「アメリカのマーケットでは色とりどりの野菜が並んでいて、世界にはこんなに豊かな食材があるんだと知って、自分の世界の小ささに気づきましたし、当時、日本に進出する前の『ディーン アンド デルーカ』にも足を運び、ディスプレイから何からすべてに圧倒されました。これから世の中は変わっていく。野菜料理がもっと注目される、と野菜にすごく興味を持ちはじめたことを覚えています」

帰国後、料理家の友人に誘われて出かけたのが、その後修業をすることになる精進料理の『月心居』。行く前からワクワクして、心躍る気分だったという。

「実際に出かけて、野菜だけを使ってこれだけの料理を作り出す人がいる、という驚き。この世界観はなんだ、こんな料理があるんだと思って。すぐに門を叩かせてもらいました」

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それからの仕事は、もちろん、ワクワクだけではすまない厳しい修業の日々だったが、多くのことを食材に向き合いながら学ぶことができたという。

食材そのものに命があり、生きとし生けるもの、その命をいただく感謝を体で感じとること。それは今も料理人としてのアイデンティティのベースになっています」

精進料理を学ぶなかで、いろんな機会にも恵まれた。ニューヨークやボストンでの「ジャパン・ソサエティー」のイベントで100人以上をもてなした重圧のかかる経験も自信につながった。

「余分なものをいっさい省く、精進という狭き世界の中に『自由』というものを見いだすことができました」という秋山さん。精進料理の真髄に触れたことこそ、人生の宝だと断言する。


食のサステナビリティは未来を変える

「このインタビューを受けるにあたって、あらためて食まわりの課題や未来について、考えを整理してみて思ったことは、料理人はいままで食料廃棄問題をはじめ、あまり深く考えてこなかったんじゃないか、ということ。そして、僕なりに考えを突き詰めていくと、食材への敬意=サステナビリティだと思えて。自然の恵みである食材を通じて、日々自然と向き合っている料理人こそ、食材のサステナビリティについて考え、実行すべき。それが飲食業界や料理人という仕事を未来につなげていくためには欠かせない要素だと思います」

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ただ、そう理解したとしても、「実際あなたはそれに向けて何か取り組みをしていますか。これは重い問題なんですよ」と自問自答し、「それが形になるまではすごく難しいこと」だと感じてしまうジレンマもある。

「ただ、たった一人の力だっていろんな人を動かし、それが希望につながるもの、とも信じています。普段の活動の中でできることを確実にやっていく。行動する、ということ。そうした思いで、食材に敬意を払って、食材と向き合いながら料理を作らせていただくということが、実はサステナビリティなことだと思うんです」

食材の調理法や味の追求にとどまらず、食材のありがたみ、食べることの意味を含めて考え、お客さまにきちんと伝えること。それもおもてなしだという。

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『六雁』ではその日に使いきれる食材のみを仕入れているそうだ。

「それが、お客さまに新鮮な食材をご提供すること、食材の無駄を省くことにもつながる。そのためにも、常に満席を維持しなければならないという覚悟と経営センスも必要になってきます。食材は毎日届いて使いきるので、うちの冷蔵庫はきれいですよ。余計なものがあること自体が僕は嫌なので、常にチェックしています。これは『まかない』、これも『まかない』と選別してみんなで食べきろうって。家庭の冷蔵庫でも通じることですよね。余った野菜で鍋料理にしよう、刻んでハンバーグやつみれに入れてみよう、という具合に。こういうことなら誰でも向き合えますよね」


日本が誇れる食の知恵を現代に見直す

日本料理の世界になると野菜を型できれいに抜いたりすることがおもてなしに通じる。でも、その抜いたあとの野菜はどうなるのか、という疑問も。それは、日本料理の美しさと、食材を無駄にしない、という「葛藤」でもある。

「今の時代なら野菜の皮はむかないでいい、形も整えなくともいい、と。僕はどちらかというとそう自由に発想するタイプの料理人ではあるのですが、お客さまに喜んでいただく料理を提供するためにはそう言ってもいられない。店はオープンキッチンですから、食材をどんなふうに扱っているかなど、お客さまにすべてをさらけ出しています。また、直接やりとりしてご提案することもあります。例えば、にんじんの皮をむいたらそれをとっておいて、さっといためてきんぴらに。料理のあとのお酒のあてに供したりして。生産者から届いたおいしい野菜をまるごと味わっていただく工夫です。料理店の中でそんなやりとりが行われていくことも大事なことだと思います」

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地方の生産者とのコミュニケーションも心がけていることの一つで、できる限りスタッフ全員で、定期的に生産者を訪ねる機会をつくるようにしているという。

「生産者の思いや、どういう人の手で、どういう環境で作られているか、飼育されているかを見に行くようにしています。例えば、無農薬栽培を行っている能登の農園のオーナーさんは、お人柄すべてがその食材にあらわれている。実際に行った土地だからスタッフも自分の言葉でお客さまに伝えることができる。僕は料理店をそんな風に育てていきたいって思いがあるんです」

北は北海道、南は沖縄まで。地方の生産者とのコミュニケーションも密だ。発注担当のスタッフが直接電話をして、そのやりとりの声色ひとつで心を通わせられるし、生産者からパワーをもらえることも少なくない。

「日本各地に宝が埋もれているんです。食材や生産者だけでなく、伝統料理や家庭のおふくろの味、保存食やそして地物の食材を生かす調理法や道具だって貴重な財産。自分をさらけ出して生産者と交流し、先人の知恵を得る。知恵をひもといて、今の時代に合わせ、見直すこと、つないでいくことを大切にしたいです」


覚悟を持って一歩でも先へ

これまでの業界の常識を打ち破り、よき伝統や食文化を守る。それには、まず自分から行動に起こすことが必須だ。

「今年、市場が豊洲に移転しましたが、実は来年2月に豊洲市場の中で自分がディレクターとして関わっているプロジェクト『世界料理学会』の部会を開催しようと考えています。今まで登壇していないレジェンド的な人を集めて発信していきたいと思っていまして。その中で『サステナビリティ』をテーマに議論する場も設けたい。料理人が向き合っていかなければならない問題を、市場という現場から考え、発信することが、うねりを起こすひとしずくになるのではないかと信じています」

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料理界の発展を考えた時、食にかかわる人同士の横のつながりを作っていくことは不可欠だという。だから、いろんな立場の人がつながっていくことほどうれしいことはない。一歩でも先に踏み出すこと、横をつなぐ役割を自身が持つ覚悟もできている。

「みんなが手と手を組めば、大きな大きな円ができる。クールジャパンじゃなくて、ホットジャパン。熱い思いを持ってそう言いたい。ミッション、パッション、ハイテンション。そしてクリエイション。料理人や生産者、器作家や道具を作る職人さんとともに、微力ながら日本を盛り上げていきたいです」


■プロフィール

秋山能久(あきやま よしひさ) 日本料理店「六雁(むつかり)」料理長。茨城・水戸生まれ。「割烹すずき」にて10年間研鑽を積み、「月心居」(現在は閉店)で精進料理の真髄に触れる。2008年「六雁」の料理長に就任。

取材日/2018年10月




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