人の縁がつなぐ「地産地消」から生まれるいい循環
松井則昌 / 横須賀「炭火焼タイガー」シェフ
三浦半島でがんばっている生産者さんたちと連携し、地元食材のおいしさを伝えていくことは、僕ら飲食店の役目だと思います。人の縁から生まれる「地産地消」が地域を盛り上げていくんです。
生産者と飲食店の助け合いから生まれるおいしさ
明治43年創業の老舗精肉店「横須賀松坂屋」。
その直営焼肉店「炭火焼タイガー」のシェフ・松井則昌さんは、「顔の見える食材」に圧倒的なこだわりを持つ。地元である横須賀や三浦半島の生産者と連携し、地域の未来のための一歩進んだ「地産地消」の取り組みを行っている。
「横須賀の農家さんから週に2回、店に直接配達してもらったり、うちから取りに行ったりして『地産地消』をやっています。前菜に使う野菜や海産物は、基本的に地元の食材を使うことを意識しているんです」
松井さんは、生産者から「ジャガイモが20kg余っている」「ワカメやアカモクを捨てなくてはいけない」と聞くと、適正な価格で買い取る。
「新鮮なアカモクを食べる機会なんて滅多にないので、ナムルにしてお出ししたりするとお客様からすごく反響があります。食材について農家さんや漁師さんから教わることはとても多いです」
また、余った食材を活かした加工食品の開発にも積極的に取り組んでいる。
「大型スーパーマーケットに押されて街の肉屋が衰退していく中で、どんなものを売ればいいのか試行錯誤した結果、オリジナルのソーセージの加工に行き着いたんです」
最初はプレーンのソーセージを生産していたが、生産者とのつながりの中で新しい加工品が生み出されることになった。
「たとえば葉山の方から『夏みかんが大量に余っている』と相談を受けたときは、ドレッシングにしたりジュレにしていました。それでも使い切れないので『全部使い切ってやろう』とソーセージを作ることにしたんです」
夏みかんに含まれる酵素の働きで肉が分離してしまい、開発はなかなか進まず、難航したという。
「それでもやっと解決する技法に行き着いて、完成させることができました。食べてみると最後に夏みかんの苦味と香りが感じられて、お酒にとても合うおいしさになっています」
他にも、地元の漁師と連携して開発したイカスミと生海苔のソーセージや、農家で余ったハラペーニョを1年ほど酢漬けにして作ったチョリソーなどがある。
「めっちゃくちゃ楽しいですよ。子どもたちとレストランに行って、そこで会った人と『今度、こんなことをやろう』って話したりして。一つひとつの商品にストーリーを持たせてあげたいんです。やっぱり、そのほうがお客様は喜んでくれるから」
横須賀の飲食店が連携「料理人のための料理教室」
松井さんの「地産地消」の取り組みは、地元の飲食店同士のつながりから生まれた。
「最初は、横須賀で居酒屋さんを経営されている社長さんにいろいろと教えていただいたんです。『地産地消』の大きな流れを作っている方で、すごい人だと思っていたところ、紹介を経て仲良くなり、そこからだんだんと人の輪が広がっていきました」
松井さんは「最初は三浦半島の食材といえば、三浦大根やキャベツくらいかなという意識だった」と話す。
「生産者さんに教えてもらいながら掘り下げていくと、三浦半島の人たちはもっといろいろな野菜に挑戦していることがわかりました。僕より若いのに、すごくがんばっている農家さんがたくさんいるんです」
「そんな生産者さんが困っていたら、応援するのは当たり前」と松井さんは考えている。
松井さんは「地産地消」のメリットのひとつとして「旬のおいしさを知れること」を挙げている。
「特に野菜は、畑で採ったものをその場で食べるのが最もおいしいと思います。それなら近いところから仕入れて、その日のうちに店で提供するのが1番いい。『地産地消』はお客様に喜んでもらうためのすごくシンプルな取り組みだと思います」
また、3年程前からは「料理人のための料理教室」の主催を行なっている。
「三浦半島の飲食店のレベルを底上げしたいと思ったんです。たとえば、お寿司屋さんに魚のおろし方を聞いたり、和食屋さんに出汁のとり方を聞いたり、ケーキ屋さんにレストランで出せるケーキの作り方を教わる教室です」
料理教室には三浦半島全体から30〜40店ほど応募が来ている。「いろいろな店舗で勉強させてもらって、すごく楽しい」と松井さん。
この活動を始めたきっかけは、三浦半島の食材が取り上げられるメディアだった。テレビ番組などで地元食材を調理するために、普段から地元の食材を使っている地元の料理人ではなく、「東京の料理人」が登場することに悔しさを覚えたという。
「『だったら地元の料理人がもっとがんばればいいんだ!』というシンプルな思いで料理教室を始めました。わからないことがあったら、その道の料理人に聞けばいい。飲食業がお互いに手の内を明かし合うことで、結果としてお客様が喜んでくれればいいんです」
さらにコロナ禍では、地元の飲食店がコラボレーションして弁当を開発し、販売会を開催してきた。
「いろいろなお店のお弁当を食べ歩いて、おいしいと思ったお店の人と仲良くなったりして、人のつながりをどんどん作っていきました。コロナ禍ではみんな不安だったと思うのですが、『僕にできることをやろう』と思っていました」
次世代に伝えたい、「地産地消」の面白さ
松井さんの食材に対するこだわりは子どもの頃から育まれてきた。
「横須賀で4代続く精肉店を営む家に生まれて、先代の社長から『肉は捨てるところはひとつもない、全部使い切れ』と言われて育ちました。農家さんも漁師さんも、その思いは一緒だと思っています」
松井さんは、生産者と連携したソーセージ作りにさらに力を入れるため、今年中に自社工場を作ることを予定している。
「今は1個1個手作りしているのですが、工場ができれば生産量が上がって、生産者さんのところで余っている食材をうちでもっと活用できるようになると思います」
今後は、地元の漁師や海産物の加工業と協力し、廃棄されていたエイやウツボを使ったソーセージの開発プロジェクトを予定している。
そんな新しい試みについて、松井さんは「面白いことをやらないと若いスタッフはついてこないし、僕自身が面白いことをやっていきたい」と話す。
「人の縁がつながり、がんばっている人がどんどん集まって『今度はこれをやろう』と話したりするのはすごく楽しい。『地産地消』は面白いですよ」
「横須賀の人は、みんな仲がいい」という松井さん。その言葉通り、地元の飲食店や生産者のつながりの輪が広がっている。そこにあるのは「地元を盛り上げたい」という共通した思い。
「飲食店がつながって地元を盛り上げることで、お客様が増える。生産者さんと連携することで、いい食材を仕入れさせてもらうことでお客様が喜ぶ。そういった人と人のつながりが、『地産地消』のいい循環を生み出しているのかもしれないですね」
こうした取り組みを、松井さんは「次世代への通過点に過ぎない」と捉えている。
「次の世代の子どもたちにどうやってバトンタッチするかを考えています。そのためにも、自分の子どもに『お父さんの仕事って面白いな』と思ってもらわなくちゃいけない。地産地消をはじめとした、尊敬してもらえるような仕事を、これからもやっていきたいと思っています」
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