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日本の魚を守るために、シェフにしかできないこと

佐々木ひろこ / Chefs for the Blue代表

日本の魚を守るためには漁業、流通、消費者が変わっていくことが必要です。多くの人にそれを知ってもらうには料理人が「おいしさ」「楽しさ」と共に伝えることが大切なのだと思います。

誰も「海の危機」を知らなかった

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フード・ジャーナリストとして食の現場を取材し、多くの料理人と信頼関係を築いてきた佐々木ひろこさん。2017年に一般社団法人「Chefs for the Blue」を立ち上げ、その代表理事として日本の水産資源の保全や回復を目指し活動している。

「きっかけは、6年前の漁業の現場の取材でした。恥ずかしながら、そこで初めて日本の海から魚が激減していることを知ったのです」

さらに、日本人が食べている魚の多くが輸入魚に切り替わっているという事実も佐々木さんにとって衝撃的だった。

「日本の食用水産物の自給率は50%台。シシャモやホッケ、タコなどに加え、カレイや鮭、ズワイガニやクロマグロなど、漁獲量が減った多くの魚が外国産に置き換わっています。

50万トンと消費に対して十分な漁獲量があるはずのサバ類でも、サバ寿司や干物など適正サイズが必要な加工品の大半がノルウェー産のサバを使用しており、国産のサバがスーパーにほとんどありません。

国産のサバの多くは成魚になる前の小さなサイズで獲られているのです。私はそのことを知らずに読者に伝えられていませんでした。『今すぐに何かしなくては』と危機感を覚えました

佐々木さんは親しいシェフ達に水産資源の危機を伝えたが、誰もが「知らなかった」と口を揃えた。

「『だったら皆で学ぼう』と知り合いのシェフ達に声を掛けました。『Sincere(シンシア)』の石井真介シェフが強い関心を示してくれたので、閉店後のシンシアで深夜0時から勉強会を始めました」

勉強会を重ねる度に、シェフ達の危機感は高まっていった。草の根の声を挙げ、社会に訴えようと「Chefs for the Blue」を設立することになった。

「日本人は約400種類もの魚介類を食べていると言われます。魚が獲れなくなることは、食文化の根幹が崩れ去るということです。また、漁獲量を回復させることは日本のタンパク質自給率の向上にもつながります。食に関わる仕事をする人間として、日本の海を守りたいという思いがありました」

それから4年が経った現在、佐々木さんは大きな社会の変化を感じている。2020年9月に石井シェフが「サステナブル・シーフード」がテーマのレストラン「Sincere BLUE(シンシア ブルー)」をオープンさせた際には、2ヶ月で50件以上の取材が殺到したという。

「料理人達の意識も大きく変わり、レストランが『サステナブル・シーフード』を掲げることも増えてきました。雑誌などで特集が組まれることも多いです。メディアを含め、食に関わる業界全体が変わってきたと感じています」  


未来の海と魚のために、みんなで変わっていく

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2018年に漁業法が改正され、「水産資源の持続的な利用」を目的とした改革の第一歩が踏み出された。科学的根拠をもとに資源管理を行い、過剰漁獲を防ぐためのロードマップも発表されている。

「日本の海に魚を増やしていくためには、この改革を軌道に乗せていくのが1番の近道なのだと思います」

では、そのためには何が必要なのだろうか。

「新しい漁業法を運用していくためには漁業者の意識や行動が変わらなければなりません。しかし漁業者は流通業者が変わらなくては動きを変えられません。流通業者が変わるためには、消費者が購買行動で意思表示をする必要があります。三者三様に、0.5歩ずつでも連動しながら変わっていくことが重要なのです」

一般の消費者の意思表示については、「今すぐできることといえばやはり、MSCやASC、RFM、BAPなど、日本で入手可能な水産エコ認証商品を見つけて購入すること」と佐々木さんは言う。

しかし欧米諸国に比べ、日本での水産エコ認証の認知度はまだまだ低い。佐々木さん達は「サステナブル・シーフード」の存在を知ってもらうために、シェフ達と多くのイベントを行ってきた。

「Chefs for the Blueとしての1番最初のイベントは、フードカートを出店して『サステナブル・シーフード』を食べてもらおうという試みでした。有名レストランのシェフが参加し料理を売っているのに、当時は立ち寄る人が非常に少なく取材も全くしてもらえませんでした」

しかし、それからもディナーイベントやシェフのトークライブ、サステナブルシーフードを使った商品開発などを行い、漁業者の声や、水産資源の枯渇を訴え続けた。

「先日は、スーパーマーケットでASC認証を取得した愛媛県産の真鯛のプロモーションを行いました。単に認証魚の重要性を訴えるだけではなく、有名シェフのレシピと、彼らのビデオメッセージが見られるURLを添えて販売したところ非常に好評だったんです。参加したシェフのSNSに『レシピを見て早速作りました!』という投稿が殺到しました」

「サステナブル」という言葉だけで人の心を動かすことは難しい。生産者の声や、そのストーリーを伝えることで、人を納得させることが大切だと佐々木さんは実感している。

ストーリーを料理人がおいしさ、楽しさと共に伝えるからこそ、世の中に広まっていくし、人々の関心が継続します。シェフの団体としての強みはそこにあるのだと思っています」


シェフは「食の世界のドクター」

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水産資源の回復を訴える上で、それを伝える料理人の社会的地位を向上させることも重要だと佐々木さんは考えている。

「私が海外のジャーナリストの友人に『サステナブル・シーフードを広めるためにシェフ達と共に活動している』と話すと、『シェフが言うことなら多くの人が耳を傾けるでしょう』と言うんです。『カナダでは、シェフはドクターと同じくらいの社会的ステータスを持っている』と言う人もいます」

欧米諸国では、医師が健康について意見するのと同じくらい、食に関するシェフの発言は影響力が大きいのだという。また、経済的な面でも大きな違いがある。

「ヨーロッパでは、ミシュランで1つでも星を獲得したシェフは、ぐんと余裕のある生活を送ることができます。それが日本では毎年星をいくつも獲っていても、一日12時間以上働かなければスタッフのお給料が払えないケースが多いんです。つまり、社会的にも経済的にも本来のポテンシャルよりずっと低い位置に甘んじている。そのことがとても口惜しいんです」

シェフは食に真摯に向き合い、料理という一瞬の喜びを作り上げるアーティストだと言える。しかし現状では、思いは強くても日々の仕事に精一杯で、社会的な課題に目を向ける時間がない人も多い。

「彼らがもっと世の中で認められる存在になることが、私が『Chefs for the Blue』を立ち上げたもう1つの理由です。料理人の団体が社会課題解決に向けた継続的な活動をすることで、多くの方の目にとまれば、料理人に対する世の中の見方が少しは変化するかもしれません」

現在では、水産資源を守る活動に参加する料理人は確実に増えている。地方の料理人から「Chefs for the Blueに参加したい」という声が多数あり、2021年9月に京都チームが新たに設立されるという。

日本の各地域の食文化や生産物について、最も理解し守ろうとしているのは料理人です。生活に直結しているというだけでなく、それくらい食が好きでなくてはできない仕事なのです。そんな彼らが行動を起こすことは、日本の食のサステナビリティの大きな向上につながると思っています」


■プロフィール

佐々木ひろこ(ささき ひろこ) 日本で国際関係論を学び、アメリカでジャーナリズム、調理師大学で"Professional Cookery"コースを修了。香港で文化人類学を学ぶ。フード・ジャーナリストとして、食文化やレストラン、料理をメインフィールドに雑誌、新聞、ウェブサイト等に寄稿。2017年、海の未来を考えるシェフ達と共に一般社団法人「Chefs for the Blue」を立ち上げ、代表理事となる。ワールド・ガストロノミー・インスティテュート(WGI)諮問委員。水産庁の水産政策審議会特別委員。

取材日/2021年6月

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