食のストーリーへの共感から、エシカル消費は始まる
狐野扶実子 / 食プロデューサー
エシカル消費を広めるためには、食材のストーリーに共感して食べることが必要です。一人ひとりがその体験について考え、周囲の人に伝えることで、エシカルの輪が広がっていくのだと思います。
多様なエシカル消費の在り方
パリの三ツ星レストランのシェフを務め、出張料理人として世界各国で腕を振るってきた狐野扶実子さん。食プロデューサーとして活躍しながら、慶應義塾大学大学院修士課程でエシカル消費について研究を行う。
エシカル消費についてどんなことを意識するかは、「国の歴史的な背景や人が興味を持つ対象によって異なるんです」と話す。
「例えばイギリスは、雑誌『Ethical Consumer(エシカル・コンシューマー)』が創刊されたエシカル消費発祥の地です。そのため世界でもっとも意識が高いと感じます。人権意識の高い消費者が多く『この商品はフェアトレードをクリアしているか』と目を光らせ、購買行動で意思表示をしようとします」
日本ではまだ「エシカル消費」という言葉の認知度が高くない。しかし、だからといって「日本人のエシカル消費の意識が低いとはいえない」と、狐野さんは言う。
「災害大国である私たち日本人は、『被災地の特産品を買ってその土地を応援しよう』という意識がとても高いと思います。応援消費もまた、エシカル消費のひとつであるといえます」
日本独自の「エシカル消費」を続ける一方で、世界のエシカル消費の基準に近づけていくことが大切だと狐野さんは指摘する。
「これからの時代は、世界規模で足並みを揃えて、環境問題や社会問題を解決することが国際的に求められるからです。
例えば、2012年のロンドン五輪から、エシカルをテーマにした食事の提供がスタートしました。その流れを東京五輪でも引き継がなければなりません。
そのために日本でも、人権、動物愛護、環境などの観点からのエシカル消費に目を向けていかなければならないと思います」
「見て、聞いて、知って、食べる」食の背景に共感することが大切
狐野さんは大学院の研究論文で「見て、聞いて、知って、食べる」ことをエシカル消費を広めるための重要なキーワードとして提示している。
「食材の生産者が抱える問題などを消費者が知ることで共感が生まれます。すると、選ぶ商品や食材が変わってくるんです」
狐野さんは、共感と「食べる」体験を一緒にすることが大切だと考えている。
「時が経てば記憶は薄れます。しかし、食べるという五感を使った体験を通すことで記憶に残りやすくなります。また、食べることでエシカル消費を『自分ごと』として感じられるようになると思います」
狐野さんはその研究で、被験者に『桜えびの漁獲量が減少し、生産者が大変な思いをしている』と伝えた上で、桜えびを食べてもらう実験を行った。
「その1、2ヶ月後に時間を置いて被験者にインタビューをしたところ、記憶に残っている方が非常に多かったのです。
例えば、桜えびを見た時だけでなく『居酒屋でしらす料理を見て、海の資源の話を思い出した』という方もいました。そして、『最近では桜えびは、昔の10分の1程度しか獲れないらしいよ』と、同席した人に話をしたそうです」
人に教えることは、エシカル消費を広めるだけでなく、教えた本人にとって高い学習効果があるようだ。
「共感して食べることで、消費者が日常生活の中でエシカル消費を自然に思い起こす、ということが大切だと思います」
狐野さんは、7年前からメニュー開発を担当しているJALの機内食でも、エシカルを取り入れるよう働きかけてきた。
「海外のお客様から『フォアグラを使うのはエシカルではないのでは』と指摘をいただくなど、エシカル消費について考えるきっかけが沢山あったんです。
そこで、機内食の容器をプラスチックから紙製に変えたり、オーガニック食材を探したりと、少しずつ取り組みを進めてきました。2020年10月からは、WWFが発表した『未来の食材50』だけを使ったSDGsメニューを提供しています」
機内食は、普段忙しい方がゆっくりと食に向き合えるタイミングでもあるという。
「食事に時間をかけることは、食の背景に何があるのかを考えるために非常に重要なことだと思います。例えば、個々の席にスクリーンがあるので、食のストーリー映像を見ていただいた後、すぐにCAさんに配膳をしてもらう。そんな体験も可能だと考えています」
エシカルな輪を広げるためには、連携が大切
狐野さんは、日本でも食の背景への関心が高まっていると感じている。
「日本では食品ロスの問題もエシカル消費に含まれていて、企業だけでなく家庭でも気をつけている人が増えています。
20年前の日本では、オーガニック食材は特別なものでした。でも今では消費者や企業にとって当たり前のものになっています。ですから、この先の20年でエシカル消費への意識が高まる可能性は十分にあると思います」
ここ最近では、新型コロナウイルスの影響で社会に大きな変化が起きている。
「経済活動が停滞したことで、一時的とはいえ空気が綺麗になったりと、人間が環境に与えている負荷の大きさを改めて考えさせられました。
しかしネガティブな影響だけではないと思います。家で過ごす時間が増えたことで、食に時間をかける人が多くなっています。それは生産者のことを知ってもらえる機会になるかもしれません」
日本でエシカル消費を広めるためには、何が必要なのだろう。狐野さんは、一時的なトレンドにせず、共感を得て少しずつ輪を広げていくことが大切だと考える。
「毎日、エシカル消費を行う意識の高い人を増やすより、みんなが“サムタイムズ・エシカル”である方が、効果としては大きいと思います。これは『Ethical Consumer』の編集長も言っていたことなんです」
そのためには、「エシカル消費を広めたいと考える人が、どうすれば共感を得られるのかを考える必要がある」と狐野さんは言う。
「その方法はひとつではなく、様々なタイプのインフルエンサーが発信する中で、エシカル消費が身近になっていくのだと思います」
では、企業や行政レベルではどのような取り組みが考えられるのだろうか。
「フランスでは、商品のラベルにQRコードを印刷して、消費者のエシカルな基準に当てはまるか確認できる取り組みが行われています。環境問題への配慮として、電動キックボードを貸し出すシステムも普及しています」
日本でも、そのような取り組みは可能だと狐野さんは考えている。
「1社では難しいかもしれませんが、他分野の企業が連携することで叶えられるのではないでしょうか。フランスの取り組みも、行政や複数の企業が連携しなければ実現しませんでした」
狐野さん自身、「最初は料理人としておいしい料理を作るという、食の分野だけを考えていた」と振り返る。
「それが今では、私を含めて多くの料理人が環境問題やSDGsを考え、エシカルな取り組みをしています。みんなが連携することで、エシカルな輪が広がっていくことが大切だと思います」
■プロフィール
狐野 扶実子(この ふみこ) 東京都出身。1997年、パリの「ル・コルドン・ブルー」を首席卒業。パリ三ッ星レストラン「アルページュ」スー・シェフ就任。2001年よりパリを拠点に世界中のVIPの「出張料理人」を務める。パリ「FAUCHON」のエグゼクティブ・シェフを経て、現在パリのアラン・デュカス氏主宰の料理学校の講師を務める。国内ではJALの機内食メニューの開発も担当。2020年慶應義塾大学大学院を修了、エシカル消費をテーマに研究を深めた。料理本の著書多数。『LA CUISINE DE FUMIKO フミコの120皿 (日本語)』(世界文化社)は、フランスの原著がグルマン世界料理本大賞グランプリ及びブラジエ賞グランプリを受賞。
取材日/2020年10月