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大きな生態系につながる一員として考え、料理をする

ジュリアン・デュマ / パリ「リュカ・カールトン」料理長

人間は高い知性を持っています。その知性を、地球を壊すのではなく、守るために使うべきです。自分自身も大きな生態系につながる一員として考え、料理をしています。

エコロジーとガストロノミーを両立させる

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パリ中心部、マドレーヌ広場に面する高級老舗レストラン「リュカ・カールトン」。2014年より料理長を務めるジュリアン・デュマさんは、業界随一の環境保護意識の高さで知られている。
水産資源保護NGO「エシック・オセアン」に参画するほか、レストランで使う野菜の多くを、パーマカルチャー(永続可能農法)の自然農園で生産。エコロジカルな信念を、ガストロノミーの繊細で優美な美味と両立させる仕事への評価は高い。

料理人の仕事を、環境保護の観点から考え直す。デュマさんが本格的にそのミッションに取り組み始めたのは、3年前のことだ。

「自分はパラス(超高級ホテル)の厨房で育った料理人です。食材は世界中から、なんでも揃う仕事場でした。でもそれは、真実ではない。高級フレンチの世界が忘れてしまった大切なものがあると、気がついたんです」


きっかけは、スズキの仕込みだった

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作物はどう育つかを知ること、季節を尊重すること、身近な生産者から食材を買うこと。現代の大量消費社会がそれらの基本を忘れてしまい、環境を痛めつけている状況を見過ごせなかった、と、デュマさんは語る。

地球を壊し続けるやり方に、先はありません。それでどんなにお金を稼いでも、人類が滅んでしまったら意味がないでしょう?「忘れてしまったこと」を思い出して、まずかつての形に戻る。それから前に進みたいと僕は思います」

その信念を語る時、デュマさんの頭にいつも浮かぶ記憶がある。修行の始め、超高級ホテルの厨房で、魚の下ごしらえを担当していた頃のものだ。

「3kgはありそうな、とても綺麗なスズキを任されました。指示通りに切り分け、頭、ヒレ、骨と、不必要な部分をどんどん捨てていく。仕込みの終わりにまな板の上に残ったのは、幅10センチのフィレが数枚でした。あの頃僕は若かったから、その意味がよく分からず、ただ仕事としてこなした。でも、強烈な違和感がずっと消えずに残っていたんです」

その違和感を自分の方向性として自覚したのは、魚介名物のレストランにシェフとして就任した時。出入りの卸業者から、高級レストラン向けの定番の魚が枯渇危機にあること、そして資源は豊富にあるけれど「高級でない」とされ、見向きもされてこなかった品種を教わった。

「ボラや小型のタラなど、的確に料理すればとても味の良いものばかりでした。卸業者がそれらの魚を並べて見せた時初めて、はっきり意識できたんです。目の前の納入ケースの先には海があり、その海の先には、地球全体の生態系が繋がっているのだと

それをきっかけに、水産資源の現状や持続可能な漁業について興味を抱き、自ら情報を集め始めた。業界全体でも環境保護の必要性を論じる声が高まっており、海洋保護NGO「エシック・オセアン」とは、高級ホテル・レストラン会員組織ルレ・エ・シャトーを介して繋がった。

「そこから先は早かったですね。自分ももっと、環境を脅かさない料理の仕方ができるのでは?と、料理人の仕事を考え直しました


食材を選ばず、人を選ぶ

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自分の触れる食材の先に、地球の生態系が広がっている。そう意識してからは、あらゆる食材を見る目が変わった。魚介類以外の食材もエコロジカルに考え、扱いたい。その願いから縁を持ったのが、パリ北部の郊外サンドニでパーマカルチャー農園を営む生産者だ。

パーマカルチャーは「永続可能農法」とも訳される。伝統的な農業の知識に現代の技術やテクノロジーを取り入れ、土地の力を傷めず引き出し、ありのままの自然よりも生産性の高い「耕された生態系」として栽培を行う農業だ。そこでは土中の微生物や虫類にも役割があり、農薬などで排除されることはない。

「季節のリズムと土地の力を尊重するので、通年での収穫が可能です。ただ、収穫のタイミングは自然が決めるため、人間は食べるものを自己都合では選べない。幸いフランスは農業に適した気候風土ですから、パーマカルチャーでも多様な作物が入手できます。あとは僕たちが、与えられたものでやっていくと決めればいい」

現在「リュカ・カールトン」のメニューは、この農園での収穫を軸に考えられている。デュマさん自身が頻繁に畑へ足を運び、作物の生育過程を見ているので、メニュー構成の見通しに不安もない。パーマカルチャー農園と、パリから22kmの距離にある別の自然派農園からの納品で、使用野菜の80%をカバーできているそうだ。

「残りの20%、フォン用の野菜などは、ランジスの卸業者から仕入れています。これは致し方ないですね。現実的に続けていくためには、完璧主義に陥らないのも重要です

市場の卸から買うものでも、野菜は可能な限り「その時期、農園にある作物」を選ぶ。それは賄いでも同様で、たとえば春にトマト料理を賄いメニューで提案されても、デュマさんは却下するそうだ。

そうして道を貫いていける理由を、「食材を『もの』ではなく『人』で選んでいるからだ」とデュマさんは話す。

「主義主張や哲学でもない、会って時間をシェアすることで感じる人間性です。頭ではなく心で通じているから、この人の作るものなら間違いがない、と確信できる。信念を貫いている人には、品質は自動的についてきますから


見た景色から着想し、料理に仕立てる意味

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そんなデュマさんの料理は、素材の味わいが皿の上で生き生きと広がり、瑞々しい印象に満ちている。彼がレシピを考える際に課しているのは「なるべく、全部を使う」ことだ

「たとえばスペシャリテのカリフラワーの一皿。丸ごとの花軸を平鍋に入れて約15分、熱したバターをアロゼ(掬いかける)しながら火を入れます。カリフラワーの葉は遠心分離ミキサーでジュース状にし、他の香味野菜と煮詰めてソースにする。軸の部分はクリーム状の付け合わせにします。農園で育ったカリフラワー、そこにあった全部を丸ごと、お客さんに提供するんです」

農園で見た野菜の姿は、素材の組み合わせや味付けの着想の源にもなる。この料理でカリフラワーの上にあしらわれたハーブや食用花は、同じ農園で同じ時期に植えられていたものだ。その他、南仏から仕入れたアスパラガスを、同じ敷地内で栽培しているオリーヴと組み合わせた料理などもある。

「同じ場所で育った食材を合わせるのは、ルールとしてやっているわけではありません。でも僕からお客様への、大切なメッセージでもあります。その食材が育った場所、そこでの自然や季節の巡りを、料理で伝えるために


テクノロジーと知恵を駆使して、ゴミを減らす

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デュマさんの行動は、仕入れやレシピ考案の手法に止まらない。厨房内のオーガナイズも、環境保護を可能な限り優先して考えられている。

「具体的には、生ゴミを最小限にする努力ですね。足の速い柑橘類は塩漬けにします。野菜の皮類は遠心分離ミキサーにかけて液体化し、調理の加水や味付けに使う。小骨のある魚は高性能ミキサーでスープドポワソンにし、魚の大骨は食品乾燥機にかけて調味のパウダーに。イカの吸盤ではXO醬を作っているんですよ」

ゴミを減らす工夫では、最新のマシンやテクノロジーをためらわずに導入する。デュマさんのエコロジー対策は、大量生産社会以前の方法に戻るだけではない。現代の知見でそれをアップデートし、より効率的に行う手法だ

その配慮は、厨房で用いる使い捨て容器やフィルム類にも同様に及ぶ。使用量自体を減らす工夫のほか、最新のリサイクル資材を入手するため、常に情報収集を怠らない。

「さっきまでネットで、段ボールをリサイクルしたストックケースの情報を見ていました。今気になっているのは、動物性生ゴミの処理方法ですね。農園に還元するコンポスト(堆肥)も手がけたいです」

デュマさんが繰り広げる精力的なアクションの背骨には、冷静で視野の広い信念がある。

人間には素晴らしい知性があるのだから、地球と共存する方向に使うべきです。それが地球上で人間に与えられた役割だと思うし、僕自身も、大きな生態系に繋がっていると意識しながら料理をしています」

目の前にあるものを受け入れて、自分も自然の一部として仕事をする。そんなデュマさんの料理は季節折々の自然の魅力をそのまま浮かび上がらせ、今日も食べる人の心に響いている。


■プロフィール

Julien Dumas(ジュリアン・デュマ) 1980年生まれ、東部フランス・グルノーブル出身。料理学校を卒業後、パリの高級ホテルで修行。2009年、アラン・デュカスグループの魚介レストラン「レッシュ」のシェフに就任し3年間、魚介類に特化したキャリアを積む。カナダでのミッションを経て、2014年よりリュカ・カールトンの料理長を務めている。

取材日/2019年5月