#12 アニョロティ・ダル・プリン インフィニート
堀江純一郎 / Ristorante i-lunga(イ・ルンガ)
今回、未来へ遺すべき一皿作りに挑戦するのは、イ・ルンガの堀江純一郎シェフ。
もともとは国語教師を目指していたという堀江シェフ。
25歳の時、ファミレス以外に厨房経験がなく、言葉もろくに話せないまま、本場イタリアに渡り、たどりついたのは、北イタリア、ピエモンテ。
先入観がなかったことが功を奏し、イタリアの食文化を吸収した堀江シェフは、そこでミシュランイタリア史上初となる、日本人が新たに立ち上げた店が一ツ星を獲得するという快挙を達成する。しかしさらなる飛躍を期待されながら、帰国。
きっかけは地元のおばあちゃんにかけられた一言。
「あなたのプリンはとっても美味しいわ」
プリンはピエモンテの魂とも言うべき郷土料理。
ミンチした牛・豚・ウサギをパスタ生地で包み、ローズマリーを効かせたバターソースで頂く。そんなピエモンテの人にとって愛着のある故郷の味を褒められたことは、星を獲る以上に嬉しいことだったのだ。
そうして9年もの歳月をかけて、堀江シェフが体中にしみ込ませたイタリア料理は、歴史や伝統に対するリスペクトをお皿の上に表現した、旨味と旨味の掛け算の料理。強い素材同士をぶつけ合い、その相乗効果でさらなる高みを目指している。
「まずは地のものを知ることが大事。
歴史、気候、地元の人の気質。料理はその土地の一部。」と話す。
そんな堀江シェフが挑戦したのは、ピエモンテの魂、愛着を表現した郷土料理“プリン”の再構築。材料もバランスも壊しようのない不動の郷土料理を、どう生まれ変わらせるのか。
プリンを再構築する上で欠かせないものとして、堀江シェフが真っ先に挙げたのは「強い旨味」。
向かったのは北海道。命ある状態から皿の上までのすべてを担うという世界初の試みを次々と成功させている食肉料理人集団、エレゾの本拠地だった。
今回の目当てはしっかりと熟成をかけ旨味を増幅させた肉。
この熟成肉こそが、探していた強い旨味。
エレゾでは、豚を放牧するのは、人の手がほとんど加えられていない斜面。そこで通常の3倍もの時間をかけ、太らせるのではなく、健康的に大きくすることで、筋繊維が発達した、熟成に耐えられる豚になる。
この強い旨味を持つ熟成肉を使い、堀江シェフは伝統料理プリンを再構築した一皿、アニョロティ・ダル・プリン・インフィニートを完成させた。
その一皿はソースの色から違っていた。
バターソースの代わりに、牛骨×牛すじ×赤ワインで作ったソースを合わせ、ひとつの食材を具材とソースに使用することでおいしさが共鳴しあう呼び戻し効果を狙った。
ウサギは使わず、牛と豚の熟成肉の強い旨味を合わせ、本場のプリンを知る堀江シェフにしかできない新しいプリンに仕上げた。
堀江シェフが未来へ遺したかったもの。
それは「手間をかける情熱」。
プリンはイタリア料理の基礎技術が詰まった料理。
塊肉を焼き切る技術。リゾットを炊く技術、ブイヨンを作る技術。パスタを練る、打つ技術。どれが欠けても成立しない、まさに基礎技術の集合体。
仕込みだけでも3日を要し、シンプルであるが故、ひとつひとつの仕事がおいしさに直結する。手を抜けない料理。
昨今、世界的に手間のかかる料理が敬遠される傾向がある。
そんな中じっくりと味わいを引き出す伝統料理、郷土料理は廃れつつある。
効率化がどんどん求められる世の中においても、「時間」と「手間」によって引き出されるおいしさは、他には替えの効かないものだと教えてくれる一皿でした。
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