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食の大切さを、自然に寄り添う意識を高めることで見直す

村山太一 / 目黒「レストラン ラッセ」オーナーシェフ

食べることは命の循環で成り立っているのに、今の日本は人間が本来組み込まれている自然のサイクルから相当にはずれています。もともと生命である食べ物が自分の命をつくっていることを見直すことが大事なのではないでしょうか。

自然とはなれた食生活は命の大切さを見失う

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東京・渋谷のスクランブル交差点近くで友人と立ち話をしていたとき、あたり一面明るいネオンで照らされているにも関わらず、虫が少ないことに違和感を覚えたという村山さん。

「僕の出身地は新潟県の山奥、十日町というところなのですが、夜、部屋の明かりをつけると照明に虫がわっと集まってくるような場所でした。だけど、渋谷ではそうではなかった。僕にはあの街が、人間だけに都合のいい、生態系から切り離された世界に感じられてしまったんです

大都会には土がなく、虫の餌になる草木が少ない。人間が本来組み込まれている自然のサイクルから外れているのだ。

「僕、楽しく生きることって重要だと思うんです。そう考えたときに、本来の自然のサイクルの中にいるのって重要な気がしている。特に僕はシェフなので、そういったサイクルの中にいることが重要だと思っています。自然の中にある食材を扱うわけですから」


鶏の骨まで使い尽くす理想のレストラン

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自然の中にいて、地産地消の暮らしをしていれば、自然の恵み、生き物の恵みをいただくことが当たり前になる。

「子どものころ、親戚が栽培した無農薬のコシヒカリ、自家菜園の野菜や山で収穫した山菜、川で捕まえた魚などが食卓に上っていたので、僕の体には地産地消の食生活が染みついています。いま、サステナビリティという言葉や活動が注目されてきていますが、僕にとっては日常のことでした」

そんな環境で育った村山さんがイタリアへ渡る決意をしたのは、北イタリア・マントヴァのイタリア料理店「ダル・ペスカトーレ」の料理本に感銘を受けたことがきっかけだった。25年間連続で『ミシュランガイド』の三ツ星を獲得している郷土料理の名店で、まさに自然と共生するレストランだ。

「まさに僕が理想とするレストランがそこにありました。ダル・ペスカトーレは自然公園の中に建つ家族経営のレストランで、まわりは人口30人ほどの田舎の村。敷地内の畑で野菜を栽培し、家畜を飼い、近くの川で釣ったカマス、うなぎ、ナマズなどを料理して出している。命の循環、自然のサイクルの中に違和感なく溶け込んでいる店でした

育てた鶏は、卵、肉はもちろん骨も活用。スープをとったら砕いて石鹸の材料にし、その石鹸で食器を洗う。むしった羽根も堆肥の間に挟んでおけばバクテリアで分解されて土に戻り、それが肥料になる。捨てるところが一切ない

「僕は、自然に寄り添った環境の中で料理人は自然に同化することを強く意識しながら味を求めていくべき職業だと思っています。そして、それこそ本当の味だと思うんです」


健康でいるために土壌を変える努力を

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自然の恵みをいただくうえで、植物を育む土壌そのものにも関心が高い村山さん。それは「ダル・ペスカトーレ」での経験が大きかった。

「レストランの近くには堆肥工場があり、この自然の肥料を畑にまいて栄養土に変える。強烈な匂いがするのですが、これも天然の堆肥が発酵する土の香りです。豊かな土壌から生まれる作物の味は格別なものです」

ただ、大きな規模での農業を考えたときに、こうしたやりかたでは作付け面積に対しての収穫は安定しない。農薬に頼らない土作りの研究は今後の課題になるのではないかとも。

「健康を考えても畑の土から作り直すことが大事だと思っています。農薬の種類や配合を考えるのではなく、土壌そのものを自然に元気に作り直す。そうすることで、そこで栽培する野菜も力強い味になり、それを新鮮なうちに食べることで健康につながっていくのではないでしょうか」

もちろん、自分一人でできることではない。自分が経験したことをもとに、生産者と情報交換をしながらその必要性を伝えていきたいと考えている。


“水比べ”が自然と共生する食生活の基礎を作った

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村山さんが育った十日町は、さまざまな水源に恵まれていた。そんな環境で、子供の頃から湧き水や川の水を飲み比べては、その微妙な味のちがいについて地元の大人たちと議論をしていたという。

「苗場山や八海山の麓の湧き水、信濃川と清津川が合流するところの水を飲んで、こっちのこの味がうまい、いや、こっちのほうがいい、とか。今も帰省したときに飲み比べます」

水だけではない。素材の味を楽しむということが、村山さんの料理人としての舌を育てたのだという。

「鍋と手づくりの味噌を持って家族と山に入り、自生する山菜と湧き水で味噌汁を作って食べることもありました。母が作る料理も、食材のうまみを生かした和風のおかずがほとんど。子ども時代の食生活のおかげで、料理人にとって重要な能力である舌の感覚が鍛えられました。今思うと豊かな食生活だったと思います」

子どものころに自然と共生する食生活をしていたことで、化学調味料が使われている食品にはとても敏感になり、さらに食材がどのように栽培されているか味見だけでわかるようになったそうだ。

「いま、自分の店を東京の目黒という街中に構えていますが、自然環境に配慮した食材を常に意識し、同じ志を持つ生産者と交流しています。自分の味覚と経験をもとに、お客様を幸せにする料理を作っていきたいです」

より良い食材を使った料理を表現し、お客さまのために尽くしたいと語る村山さん。食を通じて自分に今できる「仕事」に全力で日々向き合っている。


■プロフィール

村山太一(むらやま たいち) イタリア料理店「レストラン ラッセ」オーナーシェフ。新潟生まれ。京都「京懐石 吉泉」で修業後、イタリアに渡る。二ツ星2店で研鑽を積み、三ツ星レストラン「ダル・ペスカトーレ」のナディア・サンティーニシェフに師事。副料理長として活躍する。その後独立し、2011年「レストラン ラッセ」をオープン。

取材日/2018年11月

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