日本の魚と海の危機を伝える旗振り役に立ち上がる
石井真介 / 千駄ヶ谷「シンシア」シェフ
日本の水産問題は深刻な状況です。今こそ、現実を知り動き始めないと。日本人が大好きなウナギもマグロも、わずかでも残っているうちは増える可能性がある。絶滅してからでは遅いんです。
知るほどに深刻な水産資源の枯渇
日本ならではの食材や斬新なアイデアを取り入れた新世代フレンチの名店「シンシア」のシェフである石井真介さん。2017年から水産資源の未来を考えるシェフ集団「シェフズ・フォー・ザ・ブルー」に参加するなど、食を取り巻く問題に真摯に取り組み続けている。
「僕は料理人になって24年目ですが、食材の価格が高騰し続けているのを実感しています。特にここ10年の魚介類の価格は倍になっているものもあり、明らかに上がった。今の季節が旬のシラコは数年前まで1パック2000円でしたが、今では4000円超え。ウナギの値段もある時から2倍に跳ね上がりました」
“魚と海の環境が何か変化している”と体感する記憶は、石井さんの少年時代に遡る。
「親父とよく千葉の館山にヒラメ釣りに行っていました。ヒラメの前に餌となるイワシを釣っていたんですが、釣り針を落とした瞬間、イワシが一気にたくさん釣れるのが楽しくて。でも大人になるにつれて、釣りに出かけても年々ヒラメどころかイワシすら釣れなくなっていった。『魚って採れなくなるんだな』と気づきました」
これまで当たり前にあったものが失われつつある危機的現状について、「日本人は知らないことが多すぎる」と石井さん。
「たとえば、コンビニやスーパーで手軽に手に入る、サバの文化干しやホッケの塩焼きは当然国産だと思われるでしょうが、現実は違います。サバもホッケも半分どころかそのほとんどがそれぞれノルウェー、アラスカ産。少しずつ海外産と入れ替わってきての現状です。それを知った時は僕も驚きました」
現在の日本では24時間食べたい時に食べたいものが手に入る。格段に便利ゆえに変化や危機に鈍感になっているのではないかと語る。
「僕が修行していたフランスでは飲食店が開いている時間も限られていた。となると、空腹も当たり前で、忙しければランチは簡素にりんご1個でしのぐことも日常でした。最初は僕も不満に感じていましたが、これが普通の暮らしで、食があふれている日本の方がおかしいかもしれないと」
「日本は食の問題について当事者意識が薄い人が多いと思うんです。食に携わる料理人ですら。仕入れに市場に行けば魚は並んでいるし、現実味を感じない。水産資源の枯渇問題を知ったところで『僕らが食べなくても、どうせ無くなるでしょう』という人も少なくない。でも、本当にそうなのでしょうか?」
減少している魚も復活させることができる
深刻な日本の水産資源問題だが、解決策はないわけではない。海外には、枯渇していた魚介類が有志の働きかけから復活した事例がいくつもあるという。
「大西洋のクロマグロはこの10年間で10倍になりました。一時は乱獲のために大きく数を減らしたものの、大西洋周辺諸国が立ち上がり法整備をして、小さいマグロや産卵期の漁獲規制をしたおかげで良質なマグロが育つようになったんです。ノルウェーのニシンも20世紀末、漁獲を制限したことで資源量が回復した経験があります。また高品質の魚ですから、漁師も豊かになり水産業に活気が戻りました」
つまり、減っている魚も絶滅しないうちは復活する可能性があるのだ。
「日本人が愛するウナギやマグロは危機的状況ですが、まだ元本はあります。だからこそ、今、日本の海と魚を守るためにみんなで声をあげるべきなんです」
シェフだからこそ伝えることができる
「シェフズ・フォー・ザ・ブルー」ではリードシェフとして、また食を通して未来を考える「いただきますプロジェクト」などの多様な食のプロジェクトに参加するなど日々、精力的に活動している石井さん。
「『シェフズ・フォー・ザ・ブルー』では海の現実を知るべく、識者をお招きした勉強会を定期的に行うほか、ディナーイベントやトークセッションなどいろんなイベントを行っています。またSeaWeb(シーウエッブ)という海洋保全団体主催のサステナブルシーフードの国際プロジェクトコンペティションに参加し、優勝した副賞で、去年6月にはバルセロナのシーフードサミットにも参加することができました」
アグレッシブな活動を通じて問題を知るほどに、「自ら伝え広めるべきだ」という石井さんの思いは強くなっている。
「海外ではトップシェフが本業の他に社会的な活動を行うことは当たり前のことです。また、シェフの社会的地位が高いこともあり、食の環境問題もシェフの意見や行動により世論が動く。世論が動けば法が変わる。それを知った時、日本でも僕らシェフができることはもっとあるはずだと思いました」
「たとえば、うちの店ではメニューに『サスティナブルな大西洋クロマグロを使用』と書いたりします。食事を楽しみにいらしたお客様に突然、マグロ問題をお話したりしませんが、メニューから興味を持って質問してくださる方もいらっしゃいます。マグロの現状に関心を持たれるきっかけになればと、お求めに応じてお話しさせていただいています」
前向きなビジョンと情熱を持って問題に取り組む石井さんの言葉に引き込まれる人は多く、少しずつ「伝わっている」手応えを感じている。
「正しい情報が届けば日本人の問題意識は高まり世論も変わる。もっと大きな輪が広がっていくでしょう。いま、ここで力が合わせられれば、水産資源の問題も解決できるはずです」
石井さんには叶えたい“理想の食の社会”がある。
「みんなが食を通じて豊かになれる社会になれば良いなと思います。生産者も消費者も僕らシェフも、価格や利便性だけに惑わされず、環境に負荷を与えず獲られた質のいい魚や野菜など、価値ある食材を選んでほしい。価値あるものを提供している生産者が潤ったら、市場にはおいしくてサステナブルな食材が増えていきますから」
子供たちに豊かな食を経験してほしいから
多忙な中でも精力的に食の環境問題に取り組み続けている。その原動力は、「4年前、子供が生まれたことも大きい」と言う。
「今の子供は、食卓に上る魚の切り身と水族館にいる魚が同じものだとはわかっていない子も多いのではないでしょうか。魚も肉も野菜もスーパーに並んでいる形しか知らないんですよね」
このままでは、食とは“命をいただく行為である”という意識は希薄になってしまうと懸念している。石井さんは家庭で子供と一緒に台所へ立つ機会を増やし、魚なら下ごしらえでさばくところから見せていくなど工夫もするようになった。
「20年後、子供が20代になった時にどんな食の未来があるのかなと想像してしまいます。ウナギなんて5年後には本当に食べられなくなる可能性もありますから、『昔、ウナギやマグロという魚がいてね』なんて話をしているかもしれません」
「僕はある程度の美味しいものは食べてきたので十分です。でも、僕らの世代で日本の豊かな食材を絶やしてはならない。次世代に日本の豊かな食を繋いでいきたいという思いはとても大きいです」
■プロフィール
石井 真介(いしい しんすけ) 『オテル・ドゥ・ミクニ』や『ラ・ブランシュ』を経て、渡仏。フランスの二ツ星、三ツ星レストランを経験して帰国。「日本一予約が取れない」と言われた、渋谷区・松濤の『バカール』のシェフを経て、2016年『Sincere』をオープンした。
取材日/2019年2月